前回は、鉢植えの話を書いた。今回は、もう少し騒がしい話をする。
ゴミ屋敷、という言葉がある。私たちはこの言葉を、案内には使うけれど、現場ではあまり使わない。目の前にあるのは「ゴミ屋敷」ではなくて、誰かの家だからである。ただ、説明の都合上、ここでは使わせてもらう。
ある現場だった。玄関を開けると、足の踏み場がない。これはよくある。よくあるのだけれど、その家は、踏み場がないどころか、壁だった。袋と、紙と、衣類と、何かの箱が、天井近くまで積み上がって、部屋の奥が見えない。崖、と言ってもいい。私たちは崖を、手前から掘る。掘るしかない。
掘っていると、分かることがある。層になっているのだ。上のほうは最近のもの。下へ行くほど古い。地層と同じで、年代が読める。――そんなことを、隣で袋を結んでいる若いのに喋っていたら、「Wさん、ちょっと黙ってください」と言われた。
声が、したのである。
奥から。壁の向こうから。キュウ、とも、ギャッ、ともつかない声。鳥ではない。猫でもない。猫なら私は分かる。猫より、少し低い。そして、ひとつではなかった。
*
崖を削って、奥の押し入れが見えたとき、襖は半分開いていた。暗がりの中で、こちらを見ている目があった。鼻筋に、白い線。
ハクビシンである。
しかも、一匹ではない。親と思しき大きいのが一匹と、小さいのが何匹か。数えなかった。数える余裕がなかった。白状すると、私は、びびった。十年近くこの仕事をしていて、いろいろなものを見てきたつもりだったが、生きていて、こちらを見ていて、しかも家族でいるものは、初めてだった。
人は、びびると、何をするか。
私は、衣装ケースを積んだ。たまたま足元にあった空の衣装ケースを、押し入れの前に積んで、バリケードにした。向こうが出てこないように、というより、こちらが近づかないように、である。若いのは、そのあいだ、笑っていた。
その日は、その一角だけを残して、ほかの作業を全部終わらせた。押し入れは、後日。そう決めて、家を出た。

*
さて、ハクビシンである。
漢字で書くと「白鼻芯」。鼻の芯が白い、という、そのままの名前だ。ジャコウネコの仲間で、夜行性。果物が好きで、木登りがうまく、電線の上を歩く。屋根裏や、空き家や、人のいない部屋に住みつく。

この獣が日本の在来なのか、外から来たのかは、長いこと決着がつかなかったらしい。江戸のころには、まだ名前もろくについていなかった。雷と一緒に落ちてくる獣――「雷獣」と呼ばれて見世物になったものの正体が、じつはハクビシンだったのではないか、という説がある。そう言われて見ると、あの鼻筋の白さは、たしかに、何かの印に見えなくもない。
もうひとつ。ハクビシンは、勝手に捕まえてはいけない。鳥獣保護管理法という法律があって、捕獲には都道府県の許可がいる。罠を仕掛けるにも、原則として免許が要る。嫌いだから、邪魔だからといって、私たちが手を出せるものではないのだ。追い払うことはできる。捕まえることは、できない。
これは、現場の人間なら知っておくべきことで、私も知ってはいた。知ってはいたが、知っていることと、目の前にいることは、別の話である。
*
後日。
私は、用意して臨んだ。追い払うための道具を、思いつくかぎり。においの強いもの、光るもの、音の出るもの。捕まえられないのだから、出て行ってもらうしかない。出て行ってもらうための道具を、両手に抱えて、玄関を開けた。
衣装ケースのバリケードは、そのままだった。
そっとどかして、襖を開けた。
いなかった。
ご一家は、引っ越していた。押し入れの奥に、寝床のあとと、食べかすと、糞があるだけで、本人たちはいなかった。私たちが崖を削って、光と音と人のにおいを持ち込んだ、その日のうちか、次の日か。彼らは彼らで、「ここはもう住めない」と判断したのだろう。
両手の道具は、使わずに済んだ。少し、拍子抜けした。けれど、拍子抜けくらいが、ちょうどいいのだ。追い払う道具を使って、追い払えたとしても、気持ちのいいものではない。向こうが自分で決めて、出て行った。それがいちばんいい。
押し入れを空にして、消毒をして、その家の作業は終わった。
*
家は、人がいなくなると、別の誰かが住む。
私はこの仕事で、それを何度も見てきた。人が住まなくなった家に、まず虫が来て、次に小さな獣が来る。彼らは不法侵入をしているつもりはない。空いていたから、入っただけだ。空いている、ということを、家は、思いのほか早く、外に向かって知らせてしまう。
だから、「片付けは早いほうがいい」という話を、私たちはよくする。遺品整理でも、空き家でも、ものが積み上がった家でも、理由は同じだ。先客が、来る。来てしまうと、片付けの前に、もうひとつ仕事が増える。
▶ ものが積み上がった家の片付け
足の踏み場がない状態からでも、写真や間取りからおおよその量を見立ててご案内します。ご本人・ご家族どちらからのご相談でも構いません。
私が今回学んだことは、三つ。ハクビシンは家族でいること。衣装ケースはバリケードになること。そして、びびったら、びびったと正直に言って、その日はそこを後回しにしていい、ということ。無理をして襖を開けていたら、たぶん、お互いにろくなことにならなかった。
若いのには、まだ笑われている。
(スタッフW)
※トップの写真は、半分開いた押し入れの奥。本文の押し入れの写真とあわせて、当社スタッフが撮影しました。©northpole.inc ハクビシンの画像はイメージ画像です。


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