夏なので、怪談をひとつ。
といっても、幽霊は出てこない。出てくるのは階段である。怪談と階段は、発音がよく似ている。似ているだけのことはあって、どちらも、上りはじめたら最後までつきあうしかない。
遺品整理の現場には、ときどきエレベーターのない建物がある。ある日は6階建ての6階で、エレベーターなし。しかも、こういう建物の踊り場は、なぜかゆったりと長く感じる。設計した人の優しさなのだと思う。ただ、階段を何度も行き来する側からすると、優しさは、そのまま距離である。
あたりまえの話だが、3階なら2階分上ればいい。6階なら5階分だ。頭では分かっている。分かっていても、体のほうは納得しない。
そこで、数える。いま何階か。あと何階か。あるいは、これが何往復目か。数えたところで階段は1段も減らないのだが、つらさというのは、数字にしておくと少しだけ持ちやすくなるのだ。段ボールに取っ手をつけるようなものである。
——それも、夏前までの話だ。
真夏は違う。ファン付きの作業着を着ていても、汗と疲労はやってくる。ファンの音がしないなと思ったら、バッテリーが切れている。そしてバッテリーが切れると、今度は頭のほうの電池まで怪しくなる。さっきまで数えていた階数が、いつの間にかリセットされている。数字はもう、取っ手ごと、どこかへ行ってしまっている。
頭の電池が切れかけると、口のほうも怪しくなる。その日、踊り場で休憩を取りながら、私は同僚に向かってこう言った。

「よし、あと6階分上がろう」
6階建てである。上がるのは、どうやっても5階分だ。同僚はしばらく黙って私を見て、それから静かに言った。
「Sさん、それ、どこまで行くんですか」
屋上の、さらにその上である。たぶん。
そして、いちばん恐ろしいのはこれだ。
6階に着いたと思って顔を上げると、そこが——まだ4階だったとき。
背筋がすっと寒くなる。真夏なのに。怪談だけに。いや、階段だけに。
ここで少し安心していただきたい。階段作業では、建物の条件や荷物の量を確認し、必要な人員と作業方法を検討する。医師である代表も、必要に応じて現場環境の確認に関わることがある。階段作業などで見積条件が変わる場合は、作業前に内容をご説明する。作業員の腰と、頭の電池は、消耗品ではないのだ。
ところで、この話にはおまけがある。

その日の夜、風呂上がりにスマートウォッチを見たら、上った階数として200階を大きく超える数字が記録されていた。端末による参考記録とはいえ、なかなかの数字である。
私が数えそこねて、取っ手ごとどこかへ行ってしまった数字を、手首の機械だけは黙々と数えつづけていたらしい。
機械は疲れない。汗もかかない。リセットもされない。
それはそれで、少し怖い話ではないだろうか。
夏なので、怪談でした。
(スタッフS)
※建物や人物が特定されないよう、複数の階段作業での経験をもとに一部を再構成しています。
エレベーターのない建物や階段の長い現場も、建物条件を確認したうえで作業方法をご提案します。無料見積りフォームまたはLINE公式アカウントからご相談いただけます(受付時間 10:00〜18:00)。ご相談の流れはこちらをご覧ください。
筆者: 株式会社ノース・ポール 現場スタッフS/監修: 株式会社ノース・ポール(医師が経営する遺品整理・生前整理の会社/有資格スタッフが対応)/最終更新日: 2026年7月13日


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