数えてみたら、十七体あった。
玄関にひとつ。下駄箱の上にふたつ。茶の間のテレビの脇に三つ。仏壇の横に、遠慮がちにひとつ。台所の食器棚の上の、手の届かない場所に四つ。あとは押し入れの中に、新聞紙にくるまれて七つ。大きいのも小さいのもいる。右手を上げているのも、左手を上げているのもいる。金色のやつまでいる。
招き猫である。それが十七体。

おひとりで暮らしていたお母様の、お住まいの片付けだった。ご依頼人は娘さんで、作業には最初から立ち会っておられた。私は少し迷ってから、お聞きしてみた。お母様は、招き猫を集めていらしたんですか。
「いえ」と娘さんは言った。「ぜんぜん知りません」
ぜんぜん知りません、というのが良かった。この仕事をしていると、こういうものに必ず出会う。誰にも説明できないもの。輪ゴムが巨大な毬になっていたり、割り箸が引き出し三段ぶん出てきたりするのは、まだ分かる。ものを捨てられなかった世代の、暮らしの癖だ。しかし招き猫十七体は、分からない。癖というには、数が多い。コレクションというには、しまい方が雑だ。
人はみんな、説明されないまま終わる小さな謎を、いくつか残していくものらしい。
娘さんと二人で、しばらく仮説を立てた。猫がお好きだったとか。どこかで一体目が何かの福を招いて、味をしめたとか。娘さんは笑っていたが、ふいに手を止めて、そういえば、と言った。

「母は昔、小さいお店をやりたがってたんです。喫茶店みたいなの。誰にも本気にされてなかったけど」
私は黙って、金色の一体を新聞紙にくるんだ。誰も聞いたことのなかった話が、招き猫のおかげでひとつ、出てきたわけだ。開店の日をどこかで待っていた十七体だったのかもしれない。本当のところは分からない。分からないまま、猫たちは箱に入り、トラックに乗った。
謎は謎のまま運び出される。それがこの仕事の、少し切ないところだ。答えを知っている人には、もう聞けない。だからもし、ご実家のどこかに「なんだか分からないもの」が積まれているのを見かけたら、聞けるうちに聞いておくといいと思う。案外、聞いたことのない話がひとつ、転がり出てくるかもしれない。
ところで、十七体のうちの一体は、いまうちの事務所の棚にいる。娘さんが最後に、一体だけもらってもらえませんか、と言ったのだ。小ぶりの、右手を上げた白いやつだ。
今日も棚の上で、律儀に右手を上げている。

何を招いているのかは、分からないままだ。
(スタッフS)
※本記事はエッセーであり、特定の事例をそのまま記したものではありません。
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筆者: 株式会社ノース・ポール 現場スタッフS/監修: 株式会社ノース・ポール(医師が経営する遺品整理・生前整理の会社/有資格スタッフが対応)/最終更新日: 2026年7月13日
※トップの写真は、当社社員が豪徳寺にて撮影しました(ブログとは関係ありません)。©northpole.inc


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