ずいぶん前の、夏の話だ。
記録的に暑い年で、朝の九時にはもう、アスファルトが少し柔らかくなりかけていた。ご病気で亡くなられた方のお部屋を、ひと部屋だけ片付けるというご依頼だった。
こういう作業は、世間の人が想像するよりもずっと静かに進む。段ボールを組み立てる音、テープを引き出す音、ときどき交わされる短い確認。それだけだ。思い出話が始まるのは、たいてい作業が終わりに近づいてからで、その日もそうだった。
部屋の片付けがほぼ済んだ頃、ご依頼人が「そういえば」と切り出した。別の部屋の家具も、いくつか整理を相談できないだろうか、と。その中に、大きなダイニングテーブルがあった。六人は楽に座れそうな、どっしりとした一枚だ。長いあいだ、この家の真ん中に置かれていたのだろうと思わせる貫禄があった。もう使う人がいないので、手放すことにしたという。
そのままではドアを通らないので、分解することにした。まず床に養生を敷き、脚がついたままのテーブルを二人がかりでゆっくりとひっくり返す。
手が、止まった。
天板の裏に、びっしりと落書きがあったのだ。クレヨンの線が何本も走り、名前らしき文字があり、犬なのか宇宙人なのかよく分からない生きものが何匹も描かれていた。何年もかけて少しずつ描き足されたらしく、色も筆圧もばらばらだった。まるで、長い手紙の追伸みたいに。
ご依頼人をお呼びして、お見せした。
「ああ——」と、その方は言った。「子どもが小さい頃に、さんざん描いてたんですよ」
叱ったんですけどねえ、と笑いながら、その方はしゃがみ込んだ。脚を外したあと、私は写真を撮りやすいよう天板を手で支え、斜めに起こした。その方は携帯で何枚も何枚も写真を撮った。うれしそうだった。そして目が、少しだけ潤んでいた。私は天板を支えながら、なんとなく窓の外の入道雲を眺めていた。

テーブルというのは、考えてみれば不思議な家具だ。天板の上は、何万回も拭かれる。食事が並び、宿題が広げられ、ときには家族の相談ごとが載る。けれど裏側は、誰も見ない。何十年でも、誰も見ない。
思い出というのは、たぶんそういう場所を選んで棲みつくのだろう。いちばん人目につかない、拭かれも磨かれもしない場所を選んで、そこでじっと息をひそめている。そして忘れた頃に、ひょっこり顔を出す。テーブルをひっくり返す、というような、ごく実務的なきっかけで。
テーブルは確認を終え、その日のうちに搬出された。でも、写真は残った。落書きした本人は、もう落書きをしない歳になっているはずだ。いつかあの写真を見せられて、覚えてないなあ、と笑うのかもしれない。それはそれで、悪くない話だと思う。
搬出を終えたあと、ご依頼人から冷たい麦茶を一杯いただいた。夏の作業のあとにいただく麦茶は、それだけでありがたかった。

私たちの仕事は、物を仕分け、確認し、次の行き先へつなぐことだ。けれどごくたまに、こうして隠れていた時間を掘り当てることがある。だから物をひっくり返すときは、いまでも少しだけ、ていねいに返す。裏側に何かが棲んでいるかもしれないので。
作業を終えたあと、近くの定食屋に寄った。汗だくの作業着を見かねたのか、店のご主人が小鉢をひとつ、またひとつと、黙っておまけしてくれた。冷奴と、漬物と、それから小さく切った西瓜。これもたぶん、天板の裏側みたいなものだと思う。世界の優しさというのは、メニューには載っていない場所に、こっそり隠されている。

あの夏の麦茶は、ずいぶん冷たくて、うまかった。
(スタッフS)
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筆者: 株式会社ノース・ポール 現場スタッフS/監修: 株式会社ノース・ポール(医師が経営する遺品整理・生前整理の会社/有資格スタッフが対応)/最終更新日: 2026年7月13日


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